【雑記】幸せとはなにか
株式市場で数億円稼いだ人や宝くじで高額当選した人がセミリタイアしていくと非常に羨ましく思ってしまいます。
毎日が日曜日になるって素晴らしいと思いませんか。
しかし、私たちサラリーマンが土日に幸せを感じるのはおそらく嫌な平日の仕事があるからだと思います。
要は幸せとは絶対的なものではなく相対的なものなんです。
一度セミリタイアして働く必要がない人が再び労働市場に戻ってくることも多いそうです。
なにが言いたいかというと私たちは働くようにインプットされてしまっているのです。
遺伝子レベルでインプットされたというより、義務教育で真面目なサラリーマンにしたてられたということです。
日本のお偉い方が考えた義務教育です。
子供には将来優秀な労働者になってもらわないといけないのです。
決して労働に疑問を持つような教育はできないのです。
そのため、学校では資本家について深く学びませんし働くことの美しさや尊大さを中心に学びます。
日本人はひとたび社会に出ると安い給料でアリのようにひたすら働き続けます。
嫌な仕事をやめようものなら周りから後ろ指指されるのではないかと恐れます。また、新卒至上主義の日本では転職先も見つからないのではないかと焦ります。
そして、激務で心身不調になるまでその仕事を辞めることができないのです。
電通の新入社員の女性が自殺した件がよく報道されていました。
死ぬぐらいならやめればいいのにって第三者的に思います。
ただ、本人はそんな判断できなくなってるんですよね。
働くか死ぬかしかなくなってしまっていたんだと思います。
彼女の件があり、最近になって企業は働き方改革に力をいれています。
ただ、一方で以前のようなサービスができなくなったとの不満もあるそうです。
企業が実施する働き方改革は世間受けは良いかも知れませんが根本解決になっていません。
「この仕事しんどいから転職しちゃお」ってぐらいにラフに転職できる社会になれば電通のような悲劇は生み出されないはずです。
自分にあった会社へ行けば良いのです。
残業したくない人。
残業したい人。
転勤したくない人。
転勤したい人。
人それぞれにあった会社、働き方があるはずです。
ここを辞めたらどこにもいかない…
辞めたら負けだ…
辞めることは恥ずかしい…
こんなことで辞めるような奴はなにをやってもだめだ
学生時代の部活のようですね。
日本人は学生時代の多感な時期にこのような「なにかを辞めること」への負の感情を埋め込まれているのです。
そんななかネット社会が拡大しユーチューバーやブロガーといった新しい仕事がでてきました。
心配するまでもなく、5年後、10年後には一人一人が幸せを感じる働き方ができているかもしれませんね。
違法残業やパワハラがここまで報道されているということは働き方転換の過渡期なのかもしれません。